Chez Smile Blog

 〜すみれの不育症克服プロジェクト〜
 はじめてこのサイトを立ち上げてから10年
 まだまだご覧になられる方も多くいらっしゃるようですので、
 blog版に順次移行を図っていこうと思っています。

 
このブログについて
タイトル下にも書きましたが
このブログは、以前私が2度の繋留流産を体験し不育症と診断され
治療をうけつつ出産をした際に勉強したことをまとめたWebサイトを
ベースに移行したものです。

約10年前になるでしょうか。早いものです。。。

したがって、ブログエントリーの日時は移植した日付であり
すべてのコンテンツはそのころ書かれたものであることを
ご承知置きくださいね。

したがって、
当時と現在では、記載事項に変化や変遷が重ねられている
可能性もありますので、コンテンツに関心をもたれた方は
ご自身でその確認をいただきたいと思います。

また、基本的にはブログの更新はほとんどしないと思いますので
はじめにお断り申し上げます。

なお、いくつかのカテゴリーに分類してありますので
右サイドバーにあるcategory欄をご覧いただき、
関連記事をご確認いただけたらと思います。


(・e・)

Smile, 23 mai 2010



| chezsmile | メッセージ | 03:58 | comments(13) | - |
子宮形態異常と不育症
不育症の原因は多岐にわたりますが、今回は「子宮形態異常」について紹介します。子宮奇形の有無は子宮卵管造影検査で確認します。この子宮卵管造影は非常に痛い検査として巷で通っていますが、痛みの感じ方にも個人差があるようで、私の場合は全く痛みを感じませんでした。子宮形態異常について、手元資料を参考に簡単にまとめてみました。

 
 ヒトの子宮は胎児期に左右のミュラー管が腹腔の中央で融合して形成されるため、その融合不全つまり奇形が発生しやすい。但し、先天的な奇形であっても初潮や月経周期にも異常がないので、検査を受けるまで気が付かないことが多い。子宮奇形には弓状子宮、双角子宮、中隔子宮、単角子宮、重複子宮等がある。流産率は中隔子宮が最も高く、単角、双角、重複、弓状子宮等がそれに続く。子宮奇形の治療は子宮形成術(開腹手術や経膣手術)となるが、単角子宮や完全な重複子宮は手術の適応とならない。また子宮形成術を受けた患者の分娩は帝王切開となる。(以下、子宮奇形のレントゲン写真)


↓弓状子宮

31

↓双角子宮

32

↓中隔子宮

33

↓単角子宮

34

↓正常子宮

35

【参考資料】
 牧野恒久, 和泉俊一郎, 杉俊隆. 総論 不育症. 新女性医学体系15 不妊・不育

| chezsmile | 医学的アプローチ | 03:45 | comments(17) | - |
免疫療法の効果検証
【参考文献】

Mononuclear-cell immunisation in prevention of recurrent misacarriages: a randomised trial

Carole Ober, Theodore Karrison, Randall R Odem, Randall B Barnes,D Ware Branch, Mary D Stephenson, Beverly Baron, Mary Ann Walker, James R Scott, James R Schreiber

THE LANCET Vol 354 July31,1999より

今回紹介する論文は、原因不明の習慣流産の治療として行われている「夫の単核球細胞免疫」、いわゆる「夫のリンパ球免疫」の効果について言及するものです。驚くべきことに、筆者らがアメリカとカナダの6つの医療センターで行った大規模な臨床試験の結果、「夫の単核球細胞免疫」を受けた治療群の流産率は対照群に比べ明らかに高く、この治療の有益性が確認できないことから、結論として、この治療に関して異議を唱えています。文中にある通り、この試験は2重盲検で、すなわち医師、患者とも、治療・対照群のどちらに割り当てられているか知らされずに行われた前向き研究(prospective study)であり、そのデータは非常に信頼性が高いと思われます。
注意すべき点は、試験対象として登録された女性は「原因不明の習慣流産患者」とされていますが、抗PE抗体や血液凝固12因子についての検査は受けていない模様なので、「原因不明の患者」とされた女性の中には、これらによる血液凝固異常が流産の原因となっている患者も含まれていると想定されます。そのような患者を除外して試験を行えば、また違った数字がはじき出されるのかもしれません。しかし、日本国内においても、これらの検査を受けないまま「原因不明」とされ、リンパ球移殖を受けられている方も多いことから、敢えてこの論文を紹介することにしました。「医学的アプローチ 不育症における新しい概念」でも紹介した通り、最近のトピックスとして免疫療法がTh1/Th2のバランスを改善するという興味深い説もあり、今後、免疫療法に関してはアンテナを高くして、し過ぎることはないやに考えます。以上のことを前提にして、まずはご一読ください。

いつもながらつたない訳です。ご勘弁のほどを。また原文の一部も合わせて掲載しましたのでご参照ください。
なお、青字は私が加筆したもの、下線部は重要と考えた箇所です。



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習慣流産の予防のための単核球細胞免疫について
ひとつの無作為試験


要約

背景 原因不明の習慣流産の夫婦は、母親が、遺伝的に異質な胎児の生存に不可欠な免疫応答の発達を妨げる、同種免疫異常を持っているかもしれない。夫の単核球細胞による免疫は、そのような同種免疫を介する流産の治療として用いられている。けれどもこの治療に関して発表された研究結果は、矛盾している。本研究において(習慣流産〔REMIS〕研究)、我々は夫の単核球細胞免疫が妊娠の成功率を高めるかどうか、調査した。


方法 3回以上の原因不明の自然流産の既往をもつ女性が2重盲検、多医療センター、ランダム化臨床試験に登録された。91人が夫の単核球細胞免疫に(治療)、そして92人が無菌の生理食塩水免疫に(対照)割り当てられた。第一次結果は、無作為抽出12ヶ月以内の妊娠達成が不可能か可能か。可能であった場合、妊娠28週以前に中断された妊娠(失敗)か、妊娠28週以降の妊娠(成功)か。全女性を含む分析と(intention-to-treat治療の意図)、妊娠した女性のみを含む分析の、ふたつの分析がなされた。


所見 各群2人の女性が処置を受けなかった。そして8人が(3人治療、5人対照)中間分析後に除外された。試験を終えた全無作為抽出女性分析において、成功率は、治療群で86人中31人(36%)、そして対照群で85人中41人(48%)であった(オッズ比0.60〔95%信頼区間0.33-1.12〕p=0.108)。妊娠女性のみの分析においては、それに相応する成功率は68人中31人(46%)と63人中41人(65%、オッズ比0.4〔0.22-0.91〕p=0.026)であった。母親の年齢、過去の流産数、そして夫婦が過去に妊娠を存続したかどうか、について調整後も結果は変わらなかった。過去に生児出産していない133組の夫婦のサブグループ分析においても、同様の結果が得られた。

序論
臨床的に確認された妊娠の約15%は自然流産となる。このように流産はヒトの妊娠に最も頻繁にみられる合併症である。ほとんどの流産は散発性のものであるが、夫婦の0.5〜1.0%に習慣流産(3回以上の自然流産)が起こる。習慣流産を経験しているほとんどの女性において、何の原因も確認されえない。母親が半同種異型の妊娠の存続に不可欠な免疫学的応答の発達を妨げる、という同種免疫メカニズムは、これらの流産の原因のひとつ、もしくは原因そのものとして提言されてきた。動物の流産モデルと、ヒトの移植臓器生着の研究を基準として、夫の白血球による免疫が、同種免疫を介した流産の治療として提案された。この免疫療法は、その効果が相変わらず論争の的であるにもかかわらず、合衆国や、その他国々の多くの医療センターで実施されている。発表された試験や発表、未発表研究のメタアナライシスは、大規模な無作為化試験の必要性を示すような、矛盾した結果を引き起こした。この多医療センター間の、ランダム化二重盲検試験―習慣流産研究(REMIS)―の目的は、原因不明の習慣流産の治療として、夫の単核球細胞免疫の効果を評価することであった。

方法
患者
患者は1992年7月〜1997年12月の間に6つの医療センターで募集された(合衆国:イリノイ州シカゴ シカゴ大学、ミズーリ州セントルイス ワシントン大学メディカルスクール、ユタ州ソルトレイクシティ ユタ大学、ペンシルヴェニア州ピッツバーグ ピッツバーグ大学、カリフォルニア州ロスガトス ロスオリボスウーマンズセンター、カナダ:ブリティッシュコロンビア バンクーバー ブリティッシュコロンビア大学)。すべての研究センターが各倫理委員会から承認を受け、そしてすべての患者からのインフォームドコンセントが得られた。患者は委託母体から広く募集されたので、審査された人数や不適格者数は知らされなかった。

適格基準は、
 染色体異常児、子宮外妊娠によるものではない3回以上の流産の既往(連続している必要はない)
 現在の夫との間に2人以上生産していない。
 募集時点で40歳以下
 免疫時点で妊娠していない
 微細胞毒性測定法によって抗HLA抗体が測定されない
 夫の単核球免疫に対して禁忌がない
 過去の流産に原因が見出されない

流産の原因は次の方法で確認された。
 両親の細胞遺伝学的検査(染色体検査と思われる)
 黄体期のプロゲステロン連続測定、もしくは同位相の子宮内膜
 血清中の甲状腺ホルモン濃度
 子宮内腔の形は子宮卵管造影法、超音波子宮断層法、もしくは子宮鏡検査で評価
 カルジオリピン抗体は同一の検査室で測定される
 ループスアンチコアグラントはリン脂質依存性血液凝固時間を用いて、標準凝固時間(平均値より2SD以内)と比較して評価した。ほとんどの医療センターが感性の部分トロンボプラスチン時間を使用し、いくつかのセンターは希釈ラッセル蛇毒時間を使った。


研究のデザインと過程

患者はそれぞれの医療センターで、治療または対照群に無作為に割り当てられた。ランダム化は、臨床センターによって8人と10人サイズの置換ブロック法で階層化された。治療群に割り当てられた女性は夫の単核球細胞で免疫され、そして対照群に割り当てられた女性は無菌の生理食塩水を同用量注射された。生物統計学者の研究室によって準備された不透明の連番されたシール張りの封筒が、各センターの血液バンク(合衆国)、もしくは輸血医療センター(カナダ)に保存され、男性パートナーが採血した時点で(免疫の1日前)、検査員によって開けられた。もしその夫婦が対照群に割り当てられていた場合、採血された血液は廃棄された。免疫用の注射器は血液バンク員によって準備され、注射をするREMIS看護コーディネーターに与えられた。注射器と管は、にごった細胞液が透明な生理食塩水と見分けられないよう、不透明なテープで覆われた。このように、患者も患者に接触した研究員も、処置割り当てに気付くことはなかった。

単核球細胞はフィコール勾配を使って1単位の全血から取り除かれ、一晩1〜6℃で保存された。その次の日、細胞液(5mLの標準生理食塩水に2億個のリンパ球が含まれている)は注射器に移された。3mLが静脈内に投与され、そして0.5mLが前腕の皮下2箇所と皮内2箇所に注射された。対照群に割り当てられた女性に対しては、5mLの生理食塩水が注射器に分割され、同じ方法で投与された。全女性が妊娠テストで陰性を確認後、月経周期の最初の2週間に免疫された。彼女達は免疫後1時間観察され、そして体温はもちろん、血圧、脈拍数など免疫に対するどんな反応も記録された。夫のHLAに対する抗体は免疫の2週間以降に測定されたが、その結果は研究者に明かされなかった。すべての患者は3ヶ月ごとに電話で接触された。6ヶ月以内に妊娠しなかった患者は、同じ試験計画書に従って、最初に受けた時と同じ方法で再免疫された。

妊娠は、月経予定日後1〜5日に、すなわち排卵後3週目(妊娠5週)に診断された。妊娠が確認された後は、妊娠第1三半期中、週1回の往診が予定された。往診が不可能な場合は、患者が電話連絡をとった。患者の医師もしくはREMIS看護コーディネーターによる週1回の往診の期間、補助的治療が提供された。この治療は心理的サポートと超音波検査を含んでいた。

第1三半期後、産科的ケアが患者の主治医によって引き受けられた。看護コーディネーターは残りの妊娠期間中、女性一人一人と月1回、接触を続けた。正常な経過を辿った女性については、遺伝学的研究のため、分娩時に臍帯血と胎盤標本が採集された。もし流産が起こった場合は、細胞遺伝学ならびに遺伝学的研究のため、受胎生成物の採集にすべての努力がはらわれた。流産は、それが胎児の心拍確認前に起こった場合は前胎芽の、胎児の心拍は確認されたが妊娠10週以前の場合は胎芽の、そして胎児の心拍確認後、少なくとも妊娠10週以降の流産の場合は胎児の流産と考えられた。習慣流産に対し、他のいかなる治療法も併用されなかった。


統計学的分析

第一次分析は、intention-to-treat(治療の意図)により、全無作為抽出患者に対して行われた。Mowbray and colleaguesの試験計画書に従い、成功は少なくとも妊娠28週まで継続した妊娠と定義された。治療の失敗は、12ヶ月以内に妊娠に至らなかった女性、そして妊娠28週以前に流産を経験した女性であった。第二次分析は、無作為抽出後12ヶ月以内に妊娠した女性だけを対象に、妊娠28週以前の流産で失敗、という定義で行われた。サブグループ分析は過去にも生児を出産したことがない女性に限定して行われた。

治療と対照グループ間の相違は、連続変数を求めるスチューデントのt検定と、絶対変数を求めるχ2もしくはフィッシャーの直接法で分析された。成功率は、流産に関連づけられるとされる3つの要因(すなわち、母親の年齢、過去の流産数、患者が過去に生児出産をしたかかどうか)について無調整、調整の両方のオッズ比を引き出すべく、記号論理学的回帰分析によって比較された。無作為抽出後、妊娠反応陽性に至るまでの月数、そして妊娠診断後、流産するまでの週数の分布はKaplan-Meier methodで評価され、ログランク検定によりふたつの群間で比較された。

研究は両群の妊娠率を同等の60%と仮定し、妊娠女性中の生児出産率(具体的には妊娠28週以上)の増加―対照群60%から、治療群80%まで―を検出すべく設計された(すなわち12%の成功率の相違)。α=0.05の両側有意検査で、80%の確率でこの規模の相違を検出するためには、群ごとに262人規模のターゲットサンプル女性が必要であった。中間分析はO’Brien-Fleming monitoring boundaryで50の結果ごとに計画された。しかし、1997年12月に最後の参加者が無作為抽出された時点で、サンプル規模は計画より小さかった。そして、3回限りの中間分析と1回の最終分析がなされた。すべての結果は独立したデータと安全監視委員会により、再調査された。1998年2月の第三次中間分析後、委員会はこれ以上の6ヵ月再免疫は行われるべきではないと薦めた。この決定の理由は、治療群の流産率が対照群のそれより高かったからである。その結果、6ヶ月で妊娠しなかった治療グループの3人の女性と対照群の5人の女性は再免疫されなかった。intention-to-treat分析のためには、これらの患者8人の結果は不確定と見なし、そして群比較から除外された。妊娠反応陽性までの月数の分布分析においては、これらの患者の観察報告は6ヶ月で打ち切られた。すなわち、6ヶ月以降の追跡情報は計算外とされた。

結果
183人の女性は無作為に治療と偽薬に割り当てられた(図1省略)。スクリーニングの結果、妊娠1人、そして血液型不適合1人が明らかになり、無作為抽出後(しかし免疫前)に、1人は夫のサイトメガロウイルス抗体陽性のため、もう1人は個人的な理由で、2組の夫婦が参加しないと決めたことから、免疫前に各群2名が不適格と判定された。179人中131人の女性が(73.2%)が無作為抽出後12ヶ月以内に妊娠し、40人(22.3%)が妊娠しなかった。そして8人の結果が不確定とされた。

131人の妊娠女性のうち、72人(55%)が出産し、そして59人(45%)が流産となった。59例の妊娠失敗のうち、5人が子宮外妊娠、31人が前胎芽期流産、17人が胎芽期流産、そして6人が胎児期流産であった。

治療・対照群の人口統計学的、そして妊娠歴変数の分布は表1に示される。両群は治療群において過去に生児を持った女性の率が高いということを除き、似通っていた(p=0.054)。母親の年齢、過去の流産数に応じた変数はその後の分析において共変数として含まれた。

表1 各群の人口統計学的変数と妊娠歴

                              治療群(n=89)     対照群(n=90)

平均年齢*                       32.7(4.3;23−41**)   32.7(4.4;22-40)
人種 
白人                           83(93%)           78(87%)
その他                           6(7%)            12(13%)
妊娠歴 
過去の妊娠回数*                    4.9(2.1;3-16)         4.6(1.6;3-9)
過去の流産回数*                    4.3(1.8;3-13)         4.2(1.4;3-9)
過去に生児を出産した女性数            29(33%)           17(19%)
過去に子宮外妊娠歴のある女性数         9(10%)           12(13%)
過去に染色体異常の胎児を流産した女性数    5(6%)             7(8%)

*平均(標準偏差;範囲)
**女性1人は40歳で募集されたが、41歳の誕生日の直後に無作為抽出された。


Intention-to-treat分析において、治療群の成功率は36%、そして対照群では48%であった(表2、オッズ比0.60〔95%信頼範囲0.33-1.12〕p=0.108)。母親の年齢、過去の流産数、そして過去の生児出産を調整に入れた コレスポンデンス分析は同等のオッズ比を導いた(0.54〔0.28-1.02〕p=0.056)。過去の生児出産が成功オッズ上昇に関連するとはいえ、いずれの共変数効果も統計学的有意性に至らなかった(2.05〔0.96-4.35〕p=0.062)。カプラン・メイヤー推測の妊娠率は、治療群で78%、そして対照群で72%と、群間で著しく異ならなかった(ログランク p=0.232)。

表2 各群の検査結果

妊娠結果              治療群     対照群
無作為抽出された全患者
計                    86        85
成功                   31(36%)     41(48%)
失敗                   55(64%)     44(52%)
妊娠した全患者
計                    68        63
成功                   31(46%)     41(65%)
失敗                   37(54%)     22(35%)


妊娠女性のみを含めた分析において、成功率は治療群で46%、そして対照群で65%であった(オッズ比0.45〔0.22-0.91〕p=0.026)。再び共変数調整されたコレスポンデンス分析は、同等のオッズ比を導いた(0.40〔0.19-0.84〕p=0.015)。この分析において、過去の流産数は成功率に有意な効果をもった(流産1回追加ごとのオッズ比0.75〔0.58-0.99〕p=0.040)。治療効果もまた、参加施設間で同様であった(データは未公表)。

分析は原発性習慣流産夫婦、いわゆる過去に生児を得ていない夫婦を対象に繰り返された。治療群59人中18人(30%)、そして対照群70人中32人(46%)というIntention-to-treat分析における成功率でもって、結果は再び対照群に味方した(オッズ比0.52〔0.25-1.08〕調整後p=0.082)。妊娠女性に限ると、治療、対照群の成功率は、それぞれ46人中18人(39%)、51人中32人(63%)であった(0.37〔0.16-0.86〕調整後p=0.021)。治療群において、免疫後、患者の26%にHLA抗体が現れた。成功率とHLA抗体状態との間に明白な関連性はなかった(免疫後HLA抗体陽性患者、陰性患者の成功率はそれぞれ31%、30%、p=1.0)。

治療、そして対照群における、妊娠から流産へいたる時間の分布は図2(省略)に示される。流産時点での平均妊娠期間は治療、対照群それぞれ8.9週(標準偏差4.5)、6.2週(1.5)であった(p=0.002)。流産が起こった時点までの妊娠期間は、対照群の全患者において10週以前であったが、治療群においては37人中6人(16%)が妊娠10周以降に起こった。発育段階ごとの流産のタイミングは表3に示されている。治療、対照群間で、子宮外妊娠、前胎芽、そして胎芽の流産率に有意差はなかった(p=0.320、それぞれ0.564、0,162)が、胎児流産率は治療群において著しく高かった(p=0.036)。

受胎生成物の染色体研究は59体の堕胎児中21体で成功した。細胞遺伝学的研究がなされた21体中、7体(33%)が異常核型を持っていた。すべて治療群であった(表3)。治療群において、さらに4体の胎児が異常を持っていた。嚢胞性のヒグローマ2体、臍ヘルニア、気管・食道の瘻、十二指腸の閉鎖、そして単臍動脈1体、トリプルマーカー検査異常1体(α―胎児性タンパク、非結合エストリオール、そしてヒト繊毛ゴナドロピン)。

表3 失敗に終わった妊娠の時期と異常

                   発育段階
                     子宮外      胎芽       胎芽      胎児
治療群
失敗した妊娠数(妊娠数n=68)   1(1%)      18(26%)    12(18%)    6(9%)
細胞遺伝学的研究可能な症例    0         4         9        4
正常核型数(46,XX/46,XY)               2/0        0/4       3/1
異常核型                         47,XX+20    45,X
                               47,XX+16    45,X
                                         47,XXX+14
                                        47,XX+16
                                         69,XXX
対照群(妊娠数n=63)
失敗した妊娠数(妊娠数n=68)   4(6%)      13(21%)      5(8%)     0
細胞遺伝学的研究可能な症例              1          1       2
正常核型数(46,XX/46,XY)      0/1       1/0         2/0
異常核型



28週以降の早産も胎児死亡もなかった。各群の母親の生児出産値に関しても、治療、対照それぞれ31人、41人と相違はなかった。出産の平均時期は処置群で39.2週(標準偏差1.7、範囲35.6-44.4)、対照群で39.4週(1.3、36.4-41.0)であった。ふたつの群の平均出生時体重は、それぞれ3395g(623;2241-4592)と3353g(491;2381-4479)であった(p=0.755)。男女比(M/F)は治療群で0.82、対照群で0.86であった(p=1.0)。

議論
REMIS研究において、検討対象が全無作為抽出患者か、妊娠に至った患者か、もしくは過去に生児を得た患者を除外するか否かにかかわらず、その妊娠成功率は夫の単核球細胞を免疫した患者より、対照群の方が高かった。加えて、免疫後にHLA抗体が現れたかどうかにかかわらす、治療群患者における結果は同様であった。このように、我々は習慣流産の治療のための夫の単核球細胞免疫からは何の有益である証拠も見出さなかった。その上、生理食塩水を免疫した患者より、夫の単核球細胞を免疫した患者中の流産率が高いということは、夫の単核球細胞を用いた免疫療法が臨床的に確認された流産率を高めている可能性があると示唆している。
治療群における高い流産率は、後期におこる流産に関連していた。実際に、妊娠9週以降に起こったすべての流産が治療群におけるものだった(図2省略)。すべての染色体異常、そしてその他の異常もまた、治療群で起こった。けれども、この所見はおそらく、治療群において後期の受胎生成物として、胎児組織を確認する機会が多かったこと、そしてより後期の流産数が多かったことを反映している。たとえば、本研究における染色体分析は、31前胎芽中5体(16%)、17胎芽中11体(65%)、そして6胎児中4体(67%)で成功した(表3)。流産児の染色体異常についての疫学的研究の推定は、初期流産の大部分は染色体異常であると示唆している。けれども、すべての流産児の染色体情報がなければ、我々は分析を染色体正常妊娠に限定することはできない。それにもかかわらず、治療群の母親の年齢分布がほとんど同じと仮定すれば(表1)、染色体異常の発生はグループ内に無作為に分布されるべきであった。
本研究の結果はMowbray and colleaguesの同様な臨床試験の結果と異なっている。我々はほとんど同じ試験計画書に従ったけれども、研究間にいくつかの違いがあった。まず、過去の研究には対照処置に10mLの血液から採取された母親の単核球細胞が使用された。ところが、我々は生理食塩水を使った。その研究における対象群の妊娠成功率が予想以上に低かったため(37%)、我々はCouchi and colleaguesの研究のように、生理食塩水を使用することを選択している。第2に、Mowbray and colleaguesの試験は第1三半期に補助的治療を施さなかった。我々の対照群における成功率は習慣流産女性の疫学的、およびコホート研究において報告された成功率と同等ではあるけれども、偽薬としての生理食塩水の使用と、第1三半期における補助的治療の施行は、彼らの研究における成功率より、われわれの対照群の成功率が高いことを理由づけた(それぞれ65%vs37%、妊娠女性内で)。けれども、我々の試験計画書におけるこれらの相違は、ふたつの研究間の治療群での成功率の差異を説明しそうにはない(それぞれ46%vs77%、妊娠女性内で)。他方で、試験設計や分析における相違は、我々の研究上の相違のいくつかを説明づける。Mowbray and colleaguesは、a fully sequential design(stopping early)を使用し、我々が行ったintention-to-treat分析をしなかった。そのことは、もしふたつの群間で妊娠率、もしくは化学流産率が異なれば、結果が偏ってしまったかもしれない。また、Mowbray and colleaguesの研究において(Jeng and colleaguesによる分析)、18人もの患者が試験終了後に追跡調査された時、治療効果は落ち、そして治療患者と対照患者間の相違に有意性が無かった。

Mowbray and colleaguesやいくつかの追加ランダム化試験により導かれた、発表および未発表データを含むメタアナライシスにおいて、白血球免疫療法を擁護する、小さいけれど有意な効果が見つけられた。この分析において、治療された女性の成功率は62%から77%に分布した(混合サンプル、68.4%)。結果は相対的危険度で、すなわち、治療、対象群における生児出産率として報告された。その論文においては、ふたつの分析チームが独立して研究し、それぞれ1.16(95%信頼区間 1.01-1.34)そして1.21(1.04-1.37)という推測値に到達した。これらの試験に最新のデータを含めた1995年のメタアナライシスにおいて、免疫療法の効果は有意性に達しなかった(生児出産率1.12〔0.97-1.31〕)。もし我々の試験の結果がこれらのデータに追加されれば、推測される生児出産率は1.04(0.91-1.20)に下降する。試験間の結果の不均質に対するテストに有意性はなかった(p=0.320)。

本研究において、夫の単核球細胞免疫は習慣流産女性の妊娠結果を向上させなかった。説明不可能な習慣流産歴にもかかわらす、妊娠した対象患者の65%近くが妊娠成功となった。我々は妊娠した免疫女性において、より高い流産率と流産期がおそいことを発見した。有益性がないことから、我々は原因不明の習慣流産に対する治療としてこの方法に反対する。
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免疫療法の適応原則
【参考文献】

アメリカ生殖免疫学会の反復流産の診断と治療のための臨床指針推薦委員会の報告書(1997年8月)より


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「不育症に対する免疫療法の適応の原則」

 1. 生産歴がない、または生産歴より3年経過して連続3回以上流産している症例。生産歴のある症例に夫リンパ球などによる免疫療法をした場合、あまり効果がない。

2. 自己免疫異常(抗リン脂質抗体や抗核抗体など)のない症例。自己免疫異常のある症例に夫リンパ球などによる免疫刺激をした場合、効果がない上に、自己免疫疾患を誘発する恐れがある。

3. 抗夫リンパ球抗体がない症例。
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血液凝固第12因子と習慣流産について
【参考文献】

牧野恒久 杉 俊隆
「Plasma contact system, kallikrein-kinin system and antiphospholipid-protein antibodies in thrombosis and pregnancy」*
*「Journal of Reproductive Immunology」Vol.47 2000 に掲載

※上記論文より血液凝固12因子と習慣流産に関する部分を抜き出し訳してはみましたが、どうもイマイチなので 英語の原文も加えました。但し、下記に対応した部分のみの紹介となりますのでご注意下さい。


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 血液凝固12因子、プレカリクレインそして高分子キニノーゲンは内因性血液凝固系における接触因子として知られている。これらタンパク質の欠損症は試験管内では凝固時間の延長を示すにもかかわらず、臨床的な出血は見られない。逆説的に、これらのタンパク質は抗凝固、線溶促進活性を有すると言われている。事実これらの欠損症と反復血栓症との関連が報告されている。また原因不明の習慣流産において、これらタンパク質の欠損症と抗リン脂質抗体が、血液凝固異常としてしばしば発見される。最近、胎児胎盤ユニットにおけるカリクレインーキニンシステム、もしくは接触システムの存在が証明されている。これは接触システムが妊娠において重要な役割を担っていることを示唆している。いくつかの研究では全身性エリテマトーデス、血栓症、そして習慣流産患者に接触タンパクに対する抗体が発見される、と報告されている。しばしばこれらの抗体は、抗リン脂質抗体やループスアンチコアグラントと関連している。接触タンパクは、抗リン脂質抗体症候群患者に発生する抗体に結合するタンパクとして、リストに加えられるかもしれない。

 カリクレイン-キニンシステムは3つの必須血しょうタンパクー凝固12因子、プレカリクレイン、そして高分子キニノーゲンーから成っていて、それらは陰性荷電表面に結びついて互いに作用しあっている。12因子は陰性荷電表面との接触によって活性化されうる。(Griffin et al.,1978; Silverberg et al., 1980; Tankersley et al.,1984).活性化12因子はプレカリクレインをカリクレインに変え、カリクレインは血管に作用し炎症性を有する媒介物質ブラディキニンを開放すべく、高分子キニノーゲンを分解する。また活性化12因子は内因性の凝固系を継続するために11因子を活性化する。

 驚くべきことに12因子欠損症は反復血栓症患者に多い症例として報告されている。(Mannhalter et al.,1992; Halbmayer et al,1992).12因子欠損症は常染色体劣性である。(Halbmayer et al.,1994)。同形接合の12因子活性値1%以下の12因子欠損症は、日常の実験室での検査でしばしばaPTT(活性化部分トロンボプラスチン時間)の著しい延長を伴い発見される。12因子活性値が25〜50%の異形接合の12因子欠損症はaPTTの若干の延長、もしくは正常なaPTTを示す。
 抗リン脂質抗体もしくは12因子欠損症にみられる血管と胎盤の血栓は、習慣流産に関連していると報告されている。(Cowchock et al.,1986; Schved et al.,1989). Schvedet al.(1989)は12因子欠損症で習慣流産の病歴を持つ3人の若い女性(同形接合2人、異形接合1人)の症例について報告した。Braulke et al.(1993)は43人の反復流産患者中、12因子が低い水準にある患者が8人いたと報告した。最近Gris et al.(1997)は500人の原因不明の原発性習慣流産患者の血液凝固異常の症例を報告した。彼らは9.4%の12因子単独欠損症患者を、7.4%の原発性抗リン脂質抗体症候群患者を見つけた。そして線溶系低下については患者の42.6%に見つけられた。
 Bick and Ancypa(1995)は、より一般的なアンチトロンビン3、プロテインCそしてプロテインS欠損症に対し、12因子欠損症は、まれな先天性の血液タンパク欠損の一つであると報告している。けれども反復性の静脈及び/または動脈の血栓塞栓症患者の12因子欠損症の症例は8〜20%とされた。(Halbmayer et al,1992).正常人における12因子欠損症の症例についてはほとんど知られていなかったので、Halbmayer (1994)は12因子欠損症について300人の健康な血液ドナーを調査し、2.3%の12因子欠損症の発生率を報告した。300人の健康なドナーのうち16人(5.3%)の被験者にaPTTの延長が確認された。aPTT延長の原因は、12因子欠損症(7/16)、ループスアンチコアグラント(6/16)、軽度の8因子欠損症(1/16)、そして肝臓の疾病(1/16)である。彼らのデータは12因子欠損症が他の血液タンパクの欠損症より比較的頻繁におこる障害であることを示している。

 Gris et al.(1997)は初期の習慣流産と12因子との関係について報告した。またSugi et al.(1999)は妊娠初期の習慣流産について言えば、陰性のリン脂質に結合する抗体よりキニノーゲン依存性の抗PE抗体との方が、統計的に強い関連があると報告した。このように、妊娠中期以降に起きる抗カルジオリピン抗体の関連した流産とは反対に、妊娠初期の流産はしばしば接触システム、もしくはカリクレイン−キニンシステムの崩壊に関連しているかもしれない。なぜならカリクレイン−キニンシステムは子宮胎盤ユニット内にのみ存在し、それは胎盤の血液の流れや胎盤への物質や代謝産物の供給を調整する役割を負っている。(Hermann et al.,1996)このシステムの崩壊は、妊娠初期の流産のリスクファクターの一つと推測される。

 

  
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抗PE抗体陽性、並びに12因子欠乏不育症患者の治療成績データ
【参考文献】
「日本生殖免疫学会」雑誌 第16巻. 第1号. 2001

「カリクレイン-キニン系の破綻に関連した不育症患者の治療法の検討」

東海大学産婦人科学教室
井面昭文、杉 俊隆、勝沼潤子、岩崎克彦、牧野恒久

※赤字の部分は私自身が特に興味深く読んだところです。


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【目的】
近年抗リン脂質抗体と第12因子欠乏症が反復流産のrisk factorとして注目を浴びている。抗リン脂質抗体のなかでは、キニノーゲンを認識する抗フォスファチジルエタノールアミン(PE)抗体が妊娠初期反復流産患者に多いと報告されている。キニノーゲンと第12因子はカリクレイン-キニン系の蛋白でutero-placental unitに局在し、bradykininを放出して胎盤血流を調節し、妊娠分娩に重要な役割を演じているといわれている。今回我々は抗PE抗体と第12因子欠乏不育症患者の治療法について検討した。

【方法】抗PE抗体陽性、または第12因子欠乏不育症患者に対して、インフォームドコンセントのもとで低用量アスピリン療法(LDA)、または低用量アスピリン+ヘパリン併用療法(LDA+hep)を施行した。

【成績】抗PE抗体陽性症例(n=96)中、妊娠成功率はLDA群(n=53)は75.5%、LDA+hep群(n=43)は76.7%と差を認めなかった。また、第12因子欠乏症例(n=73)中、妊娠成功率はLDA群(n=43)は79.1%、LDA+hep群(n=30)は93.3%であった。抗PE抗体陽性でなおかつ第12因子欠乏症(n=35)例中、妊娠成功率はLDA群(n=17)は64.7%、LDA+hep群(n=18)は88.9%であった。

【結論】我々は既に抗PE抗体の血小板に対する病原性を報告しているが、抗PE抗体陽性症例では抗血小板療法であるLDA単独群と、LDA+hep併用群間に治療成績の差を認めなかった。第12因子欠乏症例ではhepを併用した方が、成績は良好であった。

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免疫・血液凝固学からみた不妊症〜妊娠初期反復流産
【参考文献】
「産婦人科の世界」Vol.53 No.2 2001

異常妊娠にかかわる免疫学 ―免疫学的にみた不妊、不育症

牧野 恒久  杉 俊隆


※下線部は私自身が重要だと感じたところです。


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はじめに
 体外受精・胚移植(in vitro fertilization & embryo transfer : IVF-ET)は現在の不妊治療に必要不可欠なものである。1978年、英国で初のIVF-ETによる児が誕生して以来、世界中で数多くの児が出生しており、日本でもIVF-ETにより平成10年12月31日現在、合計47591人の子供が誕生したと報告されている。最近では1年間に1万余人の児が出生している。しかし、その妊娠率は未だに決して高いものではない。平成10年度の全国平均によると、移植あたり臨床妊娠率は22.6%にすぎず、この数字は私達の東海大学病院においてもほぼ同じであった(過去11年間の全症例23.2%)。この最大の理由は、着床についてほとんど明らかになっていないためと考えられる。胚移植をした後は子宮というブラックボックスの中で何が起きているのかよくわかっていない現状では、ARTの手法は不完全であると言わざるを得ず、着床現象の早期解明が望まれる。
 流産は臨床妊娠(clinical pregnancy)以降、すなわち胎嚢確認後の生殖ロスを指し、着床期からhCG陽性までの生殖ロスは不妊症と扱われる。さらに、hCG陽性から胎嚢確認前の生殖ロスを化学的流産(chemical abortion)というが、これを不育症と不妊症のどちらに取り扱うかは意見が分かれるところである。妊娠3週(着床期)、4週(hCG陽性)、5週(胎嚢確認)のいずれに境界線を引くべきであろうか。形態的診断である超音波検査は確かに精度が向上しているが、細胞レベルでは胎嚢確認のかなり前に母児間の交流があるので、不育症と不妊症(特にIVF-ET不成功例)の間には明確な境界線を引くことは本来難しいはずである。実際、IVF-ETの臨床では化学的流産というケースが非常に多いというのは、誰しも経験しているところであろう。「妊娠とは受精卵の着床に始まり、胎芽もしくは胎児および付属物の排出をもって終わる」ことであるから、「胎嚢の確認をもって臨床妊娠とする」考えはもはや古いのかもしれない。
 本稿ではあえて不妊症と不育症の間に境界線をひくことなく、着床期から妊娠初期までの免疫異常について最近の知見を紹介する。

1.不妊、不育症における免疫・血液凝固学の位置付け
 以前よりSLEをはじめとする自己免疫疾患の患者にpregnancy lossが多いことが知られ、母体の免疫能の異常が妊娠維持に障害を起こす可能性が指摘されてきた。最近になって、それが抗リン脂質抗体という自己抗体によって引き起こされるという説が注目されるようになり、抗リン脂質抗体と関連する不育症、反復血栓症、血小板減少症をまとめて抗リン脂質抗体症候群と称し、広く認知されるようになった。不育症と並んで血栓症や血小板減少症などの血栓・止血関係の疾患がその症候群の診断基準案に列挙されたということは、不育症の病因として免疫だけでなく、免疫・血液学的機序が存在する可能性が示唆されたことになる。また一方で、以前より血栓傾向のある患者に、胎盤血栓によると思われるpregnancy lossが多いことも指摘されており、近年、血栓性素因(thrombophilia)と不育症の関係も解明されつつある。thrombophiliaには主に先天的血栓傾向を示す疾患と、後天的な抗リン脂質抗体がある。先天的thrombophiliaの中には、アンチトロンビン、プロテインC、プロテインSなどの抗凝固因子の先天性欠乏症や、活性化プロテインCに対して抵抗性を示す第5因子Leiden mutationなどがある。
 近年、フランスのグループ(The Nimes Obstetricians and Haematologists : NOHA)が不育症と血液凝固の関連について大規模な調査を行い、興味深い結果を発表している(NOHA study)。これによると、妊娠初期流産を繰り返しているタイプの不育症と、妊娠後期のfetal lossを起こすタイプの不育症では、その血液凝固異常の傾向が異なる。
 妊娠初期流産を繰り返すタイプの不育症では線溶系の低下が多く見られ(約40%)、その内容は主にplasminogen activator inhibitor 1(PAI)活性亢進であった。具体的には、第12因子欠乏症(9.4%)と抗リン脂質抗体(7.4%)が2大原因として報告されており、我々の不育症外来でも同様の結果が得られている。第12因子はカリクレイン-キニン系の一員であり(図1)、線溶系に重要な役割を果たしている。したがって、第12因子の欠乏は線溶系の低下を引き起こし、血栓症、流産の原因となり得る。また、抗リン脂質抗体に関する我々のデータによると、妊娠初期流産を繰り返すタイプの不育症群ではキニノーゲンを認識する抗フォスファチジルエタノールアミン抗体(抗PE抗体)が多く見出された。キニノーゲンもまた第12因子と同様カリクレイン-キニン系の蛋白であり、それに対する自己抗体が存在すると線溶系を低下させる可能性がある。以上をまとめると、妊娠初期流産を繰り返すタイプの不育症の血液凝固学的特徴は線溶系の低下とまとめることができる。
 これに対して妊娠後期のfetal lossを起こすタイプの不育症では、抗リン脂質抗体、プロテインS欠乏症、第5因子Leiden mutationがリスクファクターとして挙げられた。抗リン脂質抗体の病原性は未だ不明の点が多いが、抗カルジオリピン抗体はプロテインS,プロテインC経路を阻害するという説もあり、妊娠後期のfetal lossを起こすタイプの不育症の血液凝固学的特徴は、トロンボモジュリン/プロテインC/プロテインS/第5因子系の破綻とまとめることができるかもしれない。ただし、日本では今のところ第5因子Leiden mutationの報告はない。
 また、単独では不育症のリスクファクターとなり得なかったが、methylenetetrahydrofolatereductase(MTHFR) gene のC677T mutationと上記リスクファクターとの強い相関関係が観察された。MTHFR geneのC677T mutationは高ホモシステイン血症を引き起こし、血栓症のリスクファクターとなることが最近注目されており、妊娠中、葉酸を経口摂取するという簡単なことでリスクを軽減できるといわれている。抗リン脂質抗体などが検出された不育症症例では血漿中の総ホモシステインを測定するべきかもしれない。

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2.カリクレイン-キニン系と妊娠
 不育症の中でも、トロンボモジュリン/プロテインC/プロテインS/第5因子系の破綻を特徴とする妊娠中、後期の子宮内胎児死亡については今回のテーマと異なるので、本稿では割愛させていただき、妊娠初期の流産と関係の深いカリクレイン-キニン系についてもう少し詳しく解説する。
 カリクレイン-キニン系は、第12因子、プレカリクレイン、キニノーゲンの3つの血漿蛋白より成り立っている(図1)。これらの蛋白はまた、plasma contact systemを構成する蛋白でもある(図2)。すなわち、これらの蛋白が陰性荷電の表面に集合することにより、内因系血液凝固カスケードが開始されるわけである。これらの蛋白が欠損すると、試験管内では血液は凝固せず、aPTTは延長する。しかしながら、生体内では出血傾向は見られず、逆に血栓症の危険因子となることが知られている。つまり、内因系血液凝固カスケード(contact factor pathway)は試験管の中では存在しても、生体内ではごく一部の例外を除いては存在しないことが最近になってわかってきたのである。
 そもそも内因系の血液凝固というのは、血液がガラスの表面に接触することにより発見され、1958年にMargolisらによって報告された。その後、kaolin, ellagic, acid, dextran sulfateなどもcontact activationを引き起こすことが報告された。しかしながら、これらの物質は生体内には存在しないわけで、生体内でcontact activationを引き起こしている陰性荷電の表面というのは何であるか不明であった。コラーゲンが引き起こしていると長い間考えられてきたが、最近になって否定された。また、破綻した血管内皮細胞の表面に露出した基底膜がそうであろうという説もあるが、未だ証明されていない。唯一生体内で内因系血液凝固を引き起こすことが証明されているものはエンドトキシンである。しかしながら、これはseptic shockにおける内因系血液凝固しか説明できない。結局、結論としては生体内にはcontact activationを引き起こすような生理的陰性荷電の表面は存在せず、実際はcontact activationを引き起こすために陰性荷電の表面は必要ないということが明らかになってきた。
 したがって、リン脂質という陰性荷電の物質を加えることにより、試験管内で内因系血液凝固を引き起こして凝固時間を測定する検査であるaPTTと、生体内で起きている反応は異なるわけである。たとえば、第12因子(Hageman factor)の先天性欠損症患者であるJohn Hagemanや、キニノーゲンの先天性欠損症患者であるMayme Williams(Williams trait)は両者とも出血傾向はなく、反対の肺塞栓症で死亡したのは有名な話である。また、ループスアンチコアグラントは試験管内ではaPTTを延長させるが、生体内では血栓症を引き起こすということも、内因系血液凝固系が生体内ではそのまま通用しないことを証明している。
 カリクレイン-キニン系は胎児、胎盤の血管に存在していることが最近明らかになってきている。胎盤の大きな血管や臍帯ではなく、絨毛の毛細血管内皮細胞にキニノーゲンやプレカリクレイン、カリクレインが存在することが報告されており、キニンが胎盤の毛細血管に限局して産出されていることが示唆されている。キニンは抗凝固、線溶促進作用だけでなく、血流を増加させるなどの生物学的活性を持ったペプチドであり、胎盤内で放出され、胎盤の血流や代謝産物の経胎盤輸送などを調節する重要な役割を担っている可能性が指摘されている。カリクレイン-キニン系は全身の血液凝固、線溶系のみならず、特に生殖に非常に重要な位置を占めていると考えられる。
 最近、カリクレイン-キニン系の蛋白の欠乏と反復流産との関係が報告されている。また、カリクレイン-キニン系蛋白に対する自己抗体と反復流産との関係も報告されている。カリクレイン-キニン系は、妊娠維持に重要な役割を果たしているので、その破綻は流産に直結するのかもしれない。

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3.キニノーゲンに対する自己抗体
 近年、抗リン脂質抗体と不育症との関係が注目を浴びている。抗リン脂質抗体とは、リン脂質に関する自己抗体であり、具体的には電気的陰性のリン脂質(カルジオリピン、フォスファチジルセリン、フォスファチジルグリセロール、フォスファチジルイノシトール、フォスファチジル酸)や、電気的中性の(フォスファチジルエタノールアミン、フォスファチジルコリン)に対する抗体である。
 歴史的には、抗リン脂質抗体は梅毒血清反応陽性として検出されてきた。梅毒血清反応では、抗原としてカルジオリピンが使用されており、したがって陽性とはカルジオリピンに対する抗体の存在を示している。梅毒ではないのに抗カルジオリピン抗体をもつ患者の場合、梅毒血清反応の生物学的擬陽性として抗リン脂質抗体が検出されたわけである。
 抗リン脂質抗体と一言で言っても、その実態は単純ではない。従来は名前通りリン脂質を認識する抗体であると思われてきたが、最近、病原性のある抗体の多くは実はリン脂質そのものを認識する抗体ではなく、リン脂質に結合する血漿蛋白に対する抗体であることがわかってきた。一番最初に発見された抗原はβ2-glycoprotein I (β2GPI)であり、当初はコファクターと称されたが、その後は事実上の抗カルジオリピン抗体の目標抗原ということでコンセンサスが得られている。次いで、プロトロンビンが報告された。これらは、カルジオリピンやフォスファチジルセリンなど、電気的陰性のリン脂質に対する抗体の対応抗原である。その後我々は、中性のリン脂質であるフォスファチジルエタノールアミンに対する抗体も同様にリン脂質結合蛋白を認識することを発見し、それがキニノーゲンであることを同定した。
 抗カルジオリピン抗体やループスアンチコアグラントに特徴的なのは、妊娠中期以降の子宮内胎児死亡である。しかしながら、臨床で一番多く見られるのは妊娠初期流産を繰り返す不育症であり、そのような患者に対して抗カルジオリピン抗体やループスアンチコアグラントを検査しても陽性に出ることは期待するほど多くない。一方で、反復初期流産患者にもっとも多く見られる抗リン脂質抗体は抗PE抗体である。このことは我々が一昨年発表し、昨年になってフランスのGrisらによって同様の結果が報告された。さらに、不育症患者の持つ抗PE抗体の多くはキニノーゲンを認識することが明らかになった。現在、抗PE抗体がキニノーゲンのどの部位を認識しているのか、合成ペプチドを用いて検討しているが、キニノーゲンの細胞結合部位と、システインプロテアーゼ抑制部位を認識することが示唆されており、カリクレイン-キニン系を介した病原性を強く疑っている。
 さらにさらに我々は、IVF-ETを3回以上施行しても妊娠に至らない原因不明不妊症に対して自己抗体を検討したところ、不妊症も妊娠初期反復流産症例と同様、高頻度に自己抗体が見出された。自己抗体の陽性頻度を原因不明不妊症と不育症で比較すると、抗核抗体(30.9%vs22.3%)、抗カルジオリピン抗体IgG(MBLのキット)(4.9%vs5.0%)、抗カルジオリピン-β2GPI抗体IgG(ヤマサのキット)(9.8%vs0.7%)、抗PE抗体IgG(16.4%vs15.1%)であった。両群とも自己抗体が高頻度に見られ、抗核抗体や抗カルジオリピン-β2GPI抗体抗体などを見ると、原因不明不妊症の方が免疫のバランスが崩れているような印象がある。抗PE抗体に関しては、両群とも同程度に見られ、正常群(4.0%)と比較しても統計学的に有意に高かった。いずれにしても、着床障害によると思われる原因不明不妊症と、妊娠初期の不育症は免疫学的背景は類似していると思われる。そして、キニノーゲンを認識する抗PE抗体の存在は無視できず、今後の研究が待たれる。

4.第12因子に対する自己抗体
 近年、フランスのグループ(The Nimes Obstetricians and Haematologists : NOHA)が500人の原因不明妊娠初期反復流産患者に対して、血液凝固異常の有無について大規模な調査を行い、興味深い結果を発表している(NOHA study)。これによると、妊娠初期流産を繰り返すタイプの不育症では線溶系の低下が多く見られ(約40%)、その内容はplasminogen activator inhibitor 1(PAI)活性亢進であった。具体的には、第12因子欠乏症(9.4%)と抗リン脂質抗体(7.4%)が2大危険因子として報告されており、我々の不育症外来でも同様の結果が得られている。さらにその後、抗リン脂質抗体の内訳に関する検討が同じグループにより行われ、我々の不育症外来と同様、抗PE抗体がもっとも高頻度に見られたと報告されている。
 さて、抗PE抗体、すなわちキニノーゲンを認識する抗体と並んで、第12因子欠乏症が高頻度に見られたことは非常に興味深い。なぜならば、キニノーゲンも第12因子も同じカリクレイン-キニン系、またはplasma contact systemの蛋白であるからである。
 第12因子欠乏症が反復血栓症の患者に多いということは、以前より知られていた。反復動脈血栓または心筋梗塞患者の20%、反復静脈血栓疾患者の8%に第12因子欠乏症が存在すると報告されている。第12因子欠乏症における血栓形成の原因として、ブラジキニン産生が減少することにより血管内皮細胞からのtissue plasminogen activator(tPA)の分泌が減少するためではないかと推測されている。そして、10年ほど前より第12因子欠乏症と反復流産との関係が報告されるようになった。
 我々の不育症外来においては、191人の不育症患者をスクリーニングしたところ、34人(17.8%)が第12因子活性60%未満であった。一方、正常対象群60人中第12因子活性60%未満であったのは1人であった。非常に興味深いことに、第12因子欠乏症患者34人中18人(52.9%)が何らかの自己抗体陽性(主に抗リン脂質抗体と抗核抗体)であり、13人(38.2%)は抗リン脂質抗体陽性であった。このことにより、第12因子欠乏には自己抗体が関与していることが強く示唆された。
 最近になって、抗リン脂質抗体陽性患者に第12因子欠乏症が高頻度に存在するという報告がされた。また第12因子に対する自己抗体が存在することにより免疫複合体が形成され、第12因子欠乏症が起こるのではないかという仮説が提唱された。その後、抗リン脂質抗体陽性患者において、第12因子に対する自己抗体の存在が報告された。次いで我々も、第12因子欠乏不育症患者において第12因子に対する自己抗体の存在を報告した。第12因子は抗リン脂質抗体陽性患者の持つ自己抗体の認識する抗原リストに加えるべきかもしれない。

おわりに
 生殖領域において、免疫と血液凝固は非常に重要な位置を占めている。現に、不育症の治療としては抗血小板療法である低用量アスピリン療法や、抗凝固療法であるヘパリン療法が取り入れられ、非常に効果を挙げている。また、原因不明不妊症についても同様の治療法が盛んに試みられつつある。しかしながら、このような凝固系に対するちりょうが広く行われるようになったにもかかわらず、生殖における血液凝固的アプローチはほとんどされていない。本稿では免疫学のみならず、血液凝固学という新しい角度から生殖における最近の新しい知見について解説した。




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抗PE抗体の臨床的意義
【参考文献】

SRL宝函 Vol.23, No.3 1999
杉 俊隆
「抗リン脂質抗体(抗フォスファチジルエタノールアミンIgG抗体)の臨床的意義」

 ※青字部分は、私自身が不育症患者に特に伝えたいと思ったポイントです。



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はじめに
 近年、抗リン脂質抗体と血栓症、pregnancy loss、血小板減少症との関係が示唆されており、抗リン脂質抗体症候群として注目されている。なかでも、抗リン脂質抗体は後天性の血栓性素因(thronmbophilia)の最も重要なrisk factorであると位置付けられるようになった。それにもかかわらず、抗リン脂質抗体の測定法は未だ確立されたとはいい難い。特に日本では、抗リン脂質抗体の中のごく一部に過ぎない抗カルジオリピン抗体のIgGしか測定されないことが多く、多くの抗リン脂質抗体が見逃されているのが現状である。最近、日本でも経口避妊薬が発売されたが、その血栓症のriskは以前から指摘されており、抗リン脂質抗体陽性症例をはじめとしたthrombophiliaの患者への投与は禁忌とされ、そのスクリーニングは一層慎重に行うべきである。また産婦人科領域においては、反復流産の既往のある不育症患者に対して従来のカルジオリピン抗体の測定を行っても陽性に出ることは非常に少ないといえる。そこで我々は、抗リン脂質抗体を根本から見直し、新たに電気的中性のリン脂質であるフォスファチジルエタノールアミン(PE)に対する抗体に注目して研究を進めてきたところ、臨床上重要な意義のあることが明らかになってきた。本稿では、抗PE抗体の測定法、特異性、頻度、病原性などについて最近の知見を紹介したい。

1.抗リン脂質抗体とは
 抗リン脂質抗体とは、リン脂質に関する自己抗体であり、具体的には電気的陰性のリン脂質(カルジオリピン、フォスファチジルセリン、フォスファチジルグリセロール、フォスファチジルイノシトール、フォスファチジル酸)や、電気的中性の(PE、フォスファチジルコリン)に対する抗体である。
 歴史的には、抗リン脂質抗体は梅毒血清反応陽性として検出されてきた。梅毒血清反応では、抗原としてカルジオリピンとフォスファチジルコリンが使用されており、したがって陽性とはカルジオリピンとフォスファチジルコリンに対する抗体の存在を示している。フォスファチジルコリンに対する抗体は稀なので、一般的に梅毒血清反応陽性とは、抗カルジオリピン抗体陽性と捉えられている。梅毒ではないのに抗カルジオリピン抗体をもつ患者の場合、梅毒血清反応の生物学的擬陽性として抗リン脂質抗体が検出されたわけである。したがって、現在一般的に抗リン脂質抗体というと抗カルジオリピン抗体を指すことが多いが、それはこのような歴史的背景があるからである。カルジオリピンは血小板、血管内皮細胞、絨毛などの細胞膜には存在せず、生体内で血液凝固や妊娠維持に重要な役割を演じているとは考えにくい。むしろ細胞膜外層に多く存在するのは電気的中性のリン脂質であるPEなどであり、これらを軽視することは不合理であるし、これらよりカルジオリピンを重視する根拠もない。
 抗リン脂質抗体は、従来は名前通りリン脂質を認識する抗体であると思われてきたが、最近、病原性のある抗体の多くは実はリン脂質そのものを認識する抗体ではなく、リン脂質に結合する血漿蛋白に対する抗体であることがわかってきた。一番最初に発見された抗原はβ2-glycoprotein I (β2GPI)であり、当初はコファクターと称されたが、その後は事実上の抗カルジオリピン抗体の目標抗原ということでコンセンサスが得られている。β2GPIは、カルジオリピンに限らずフォスファチジルセリンなど、電気的陰性のリン脂質に対する抗体の対応抗原である。その後我々は、中性のリン脂質であるPEに対する抗体も同様にリン脂質結合蛋白を認識することを発見し、それがキニノーゲンであることを同定した。この発見により、抗PE抗体の測定が事実上可能となった。

2.抗PE抗体とは
 restingな状態の血管内皮細胞や血小板などの細胞膜外層上には、フォスファチジルコリンなどの中性のリン脂質が多くを占めている。そこで、我々はPEを認識する抗体に注目して研究を進めてきた。抗PE抗体もまた、抗カルジオリピン抗体と同様血栓症や流産との関係が報告されている。しかしながら、抗PE抗体の測定法は施設によってまちまちであり、スタンダードな方法が確立していないため施設によって全く異なる報告がされていた。その原因として、抗PE抗体の特異性が不明であったため適切な測定系が不明であったことが挙げられる。そこで、我々は抗PE抗体の目標抗原の検討を行ったところ、抗PE抗体の多くはPEそのものではなく、PEに結合したキニノーゲンを認識するということが解明された。高分子キニノーゲンは内因系血液凝固因子であり、in vitroでは第12因子、第11因子、プリカリクレインとともに陰性荷電の表面に結合して活性化し、内因系血液凝固カスケードが開始される。intactなキニノーゲンは一本鎖であるが、活性化したキニノーゲンは二本鎖であり、立体構造の変化により抗原性が変化する。したがって、血漿と異なり、血清の中にはintactなキニノーゲンが存在するかは疑問である。
 従来、抗カルジオリピン抗体のELISAにはブロック試薬や患者血清希釈薬としてadult bovine serum(ABS)やfetal calf serum(FCS)が用いられていた。ABSやFCSを用いないと測定がうまくいかないことが経験的にわかっていたが、後に、これらに含まれているβ2GPIが抗カルジオリピン抗体の事実上の目標抗原であることが解明されたのである。同様にして、抗PE抗体のELISAにもABSやFCSが使用された。しかしながら、抗PE抗体の目標抗原は血液凝固因子であるキニノーゲンであり、serumをそのsourceとするのは問題がある。我々はキニノーゲンのsourceとしてadult bovine plasma(ABP)を使用することにより、安定したデータを得ている。

3.抗PE抗体の頻度
 我々は、抗PE抗体の対応抗原がキニノーゲンであるということを踏まえて抗PE抗体ELISAを確立し、それを用いて不育症患者に対して抗PE抗体のスクリーニングを施行した。その結果、初期流産(妊娠10週未満)を繰り返す不育症群の抗PE抗体陽性頻度は正常群と比較して有意に多く(p=0.0002)、PE結合蛋白を認識する抗PE抗体、PEそのものを認識する抗PE抗体あわせて31.7%となった。ただし、現在病原性の示唆されているPE結合蛋白依存性抗PE抗体IgGの頻度は15.1%であった。この場合、正常群の4.0%が陽性になる値をcutoff値とした。
 これに対して、従来より検査されている陰性荷電のリン脂質に対する抗体である抗カルジオリピン抗体、抗フォスファチジルセリン抗体、ループスアンチコアグラントなどを初期流産(妊娠10週未満)を繰り返す不育症群に対してスクリーニングしたところ、正常群と比較して陽性率に差を認めなかった。
 PE結合蛋白を認識する抗PE抗体の特異性に関しては、精製したキニノーゲンを用いてPE結合蛋白を認識する抗PE抗体の対応抗原を検討したところ、不育症群で検出された抗体の73.3%がPEに結合したキニノーゲンを認識した。また、血栓症や網状皮斑の症例でもキニノーゲンを認識する抗PE抗体が検出されている。

4.抗PE抗体の病原性
 キニノーゲンは血液凝固反応のうち内因系に属する凝固因子であり、高分子キニノーゲン、プレカリクレイン、第11因子、第12因子の4つの蛋白をcontact proteinという。この4つの蛋白が陰性荷電の表面に集合し、内因系の血液凝固反応が開始される。しかしながら、in virtoではこれらの蛋白が欠損していたり、抗体が存在するとaPTTは延長するが、in vivoではこれらの蛋白は抗凝固、線溶促進作用があり、欠損したり抗体が存在すると出血傾向ではなく血栓の原因となりうることがわかってきた。例えば、血小板に対しては、キニノーゲンは血小板に結合してそのトロンビンによる活性化、凝集を抑制していることがわかっている。その血小板活性化を抑制する活性はキニノーゲンのドメイン2と3にある。我々は、キニノーゲンを認識する抗PE抗体が血小板上のキニノーゲンを認識することにより、キニノーゲンの血小板活性化抑制作用を阻害し、血栓の原因になるのではないかと考え、in vitroで血小板凝集能にて検討した。その結果、キニノーゲンを認識する抗PE抗体は、キニノーゲンを認識しない抗PE抗体と比較して著明にトロンビン惹起性血小板凝集能を亢進させた。
 以上の結果より、抗PE抗体はキニノーゲン、ドメイン2、3を認識する可能性が示唆されたので、合成ペプチドを作製してmappingを施行したところ、この抗体はキニノーゲン、ドメイン2、3に存在するcystein protease inhibitor部位や、ドメイン3のCys Cysを認識することが明らかとなった。cystein protease inhibitor部位は血小板のcalpainを阻害し、トロンビン惹起性血小板凝集能を抑制する部位として知られている。このことにより、キニノーゲン依存性抗PE抗体陽性の不育症患者には、抗血小板療法である低用量アスピリン療法が有効である可能性が示唆された。また不育症患者に対して血小板凝集能のスクリーニングを行った結果、正常群と比較して血小板凝集能がin vvivoでも有意に(p=0.0001)亢進していることが確認された。
 キニノーゲンは血液凝固反応の内因系の一員であるだけでなく、カリクレインーキニン系においてキニンを放出する重要な蛋白でもある。カリクレインーキニン系を概説すると、活性化第12因子がプリカリクレインを切断してブラジキニンを放出させる。ブラジキニンは血管内皮細胞を刺激して組織プラスミノーゲンアクチベーター(tPA)を分泌させ、線溶系を活性化させるとともに、胎盤血流の調整に関与している。最近になって、キニノーゲンは子宮胎盤ユニットに高濃度に蓄積しており、妊娠中に周期的に変動していること、カリクレインーキニン系は様々の物質や代謝産物の経胎盤輸送や胎盤血流の調整に関与していることなどが相次いで報告され、その妊娠維持における重要性が注目されている。したがって、我々が発見したキニノーゲンを認識する抗PE抗体がカリクレインーキニン系を破綻させ、流産の原因になるという可能性は十分考えられる。

おわりに
 1990年にHarrisらが抗リン脂質抗体症候群の診断基準案を発表してから10年近くになるが、未だに診断基準は定まらない。Harrisらの診断基準案の中の検査所見には抗カルジオリピン抗体とループスアンチコアグラントしか触れられていないが、我々は抗PE抗体も含めるべきであると考えている。実際、抗カルジオリピン抗体陽性症例に対して抗PE抗体を測定すると、多くの患者が両方の抗体を併せもっていることがわかる。抗カルジオリピン抗体の抗体価と病状が一致しないことが多いという現象も、そのようなことと関係しているのかもしれない。抗リン脂質抗体症候群を疑いながらも従来の抗カルジオリピン抗体やループスアンチコアグラントが陰性である症例には、抗PE抗体の測定を試みることをお勧めしたい。

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抗リン脂質抗体と不育症
参考文献】
産婦人科の実際 Vol.49. No.3 2000
「抗リン脂質抗体と不育症」
 杉 俊隆 牧野恒久

産婦人科の世界 Vol.49.No.11 1997
「習慣流産抗リン脂質抗体陽性の検査、治療」
 杉 俊隆 牧野恒久

New Epoch 産科外来診療
「不育症妊婦の初期管理」
 杉 俊隆 牧野恒久

※青字は私自身が重要と思った箇所、また赤字は注釈です。


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 近年、抗リン脂質抗体と反復流産、反復血栓症、血小板減少症との関係はひろく知られており、後天的な血栓傾向の原因としては、もっとも重要なもののひとつであると位置づけられるようになった。thrombophiliaと不育症の関係も解明されつつあり、不育症の病因として免疫だけでなく、免疫・血液凝固学的機序が存在することが明らかになった。本稿では、抗リン脂質抗体の免疫、血液凝固学のなかでの位置づけについて概説し、さらに具体的な検査、治療法などについて解説する。

1.生殖医学における免疫学と血液凝固学の接点
 以前よりSLEをはじめとする自己免疫疾患の患者にpregnancy lossが多いことが知られ、母体の免疫能の異常が妊娠維持に障害を起こす可能性が指摘されてきた。最近になって、それが抗リン脂質抗体という自己抗体によってひき起こされるという説が注目されるようになり、抗リン脂質抗体と関連する不育症、反復血栓症、血小板減少症をまとめて抗リン脂質抗体症候群と称し、ひろく認知されるようになった。不育症とならんで血栓症や血小板減少症などの血栓・止血関係の疾患がその症候群の診断基準案に列挙されたということは、不育症の原因として免疫だけでなく、免疫・血液学的機序が存在する可能性が示唆されたことになる。また、一方で、以前より血栓傾向のある患者に、胎盤血栓によると思われるpregnancy lossが多いことも指摘されており、近年、thrombophiliaと不育症の関係も解明されつつある。thrombophiliaにはおもに先天的血栓傾向を示す疾患と、後天的な抗リン脂質抗体とがある。先天的thrombophiliaのなかには、アンチトロンビン、プロテインC、プロテインSなどの抗凝固因子の先天的欠乏症や、活性化プロテインCに対して抵抗性を示す第5因子Leiden mutationなどがある。
 近年、フランスのグループ(NOHA ; The Nimes Obstetricians and Haematologists)が不育症と血液凝固の関連について大規模な調査を行い、興味深い結果を発表している。(NOHA study)。これによると、妊娠初期流産を繰り返しているタイプの不育症と、妊娠後期のfetal lossを起こすタイプの不育症では、その血液凝固異常の傾向が異なる。
 妊娠初期流産を繰り返すタイプの不育症では線溶系の低下が多くみられ(約40%)、その内容はおもにplasminogen activator inhibitor1(PAI)活性亢進であった。具体的には、第12因子欠乏症(9.4%)と抗リン脂質抗体(7.4%)が二大原因として報告されており、われわれの不育症外来でも同様の結果が得られている。第12因子はカリクレインーキニン系の一員であり(図1)、線溶系に重要な役割を果たしている。したがって、第12因子の欠乏は線溶系の低下をひき起こし、血栓症、流産の原因となり得る。また、抗リン脂質抗体に関するわれわれのデータによると、妊娠初期流産を繰り返すタイプの不育症群ではキニノーゲンを認識する抗フォスファチジルエタノールアミン抗体(抗PE抗体)が多く見いだされた。キニノーゲンもまた第12因子と同様カリクレインーキニン系の蛋白であり、それに対する自己抗体が存在すると線溶系を低下させる可能性がある。以上をまとめると、妊娠初期流産を繰り返すタイプの不育症の血液凝固学的特徴は線溶系の低下とまとめることができる。
 これに対して妊娠後期のfetal lossを起こすタイプの不育症では、抗リン脂質抗体、プロテインS欠乏症、第5因子Leiden mutationがリスクファクターとして挙げられた。抗リン脂質抗体の病原性はいまだ不明の点が多いが、抗カルジオリピン抗体はプロテインS、プロテインS経路を阻害するという説もあり、妊娠後期のfetal lossを起こすタイプの不育症の血液凝固学的特徴は、トロンボモジュリン/プロテインC/プロテインS/第5因子系の破綻とまとめることができるかもしれない(図2)。
 また単独では不育症のリスクファクターとなり得なかったが、methylenetetrahydrofolatereductase(MTHFR) geneのC677T mutationと上記リスクファクターとの強い相関関係が観察された。MTHFR geneのC677T mutationは高ホモシステイン血症をひき起こし、血栓症のリスクファクターとなることが最近注目されており、妊娠中、葉酸を経口摂取するという簡単なことでリスクを軽減できるといわれている。抗リン脂質抗体などが検出された不育症症例では、血漿中のホモシステインを測定すべきかもしれない。

2.抗リン脂質抗体とは
 抗リン脂質抗体とは、リン脂質に対する自己抗体であり、具体的には電気的陰性のリン脂質(カルジオリピン、フォスファチジルセリン、フォスファチジルグリセロール、フォスファチジルイノシトール、フォスファチジン酸)や、電気的中性のリン脂質(フォスファチジルエタノールアミン、フォスファチジルコリン)に対する抗体である。フォスファチジルエタノールアミンはセファリン、フォスファチジルコリンはレシチンとよばれることもある。
 歴史的には、抗リン脂質抗体は梅毒血清反応陽性として検出されてきた。梅毒血清反応では、抗原としてカルジオリピンとレシチンが使用されており、したがって陽性とはカルジオリピンやフォスファチジルコリンに対する抗体の存在を示している。フォスファチジルコリンに対する抗体はまれなので、一般的に梅毒血清反応陽性とは、抗カルジオリピン抗体陽性ととらえられている。梅毒ではないのに抗カルジオリピン抗体をもつ患者の場合、梅毒血清反応の生物学的偽陽性として抗リン脂質抗体が検出されたわけである。
 近年、抗リン脂質抗体と反復流産、反復血栓症、血小板減少症との関係はひろく知られており、注目を浴びている。とくに、後天的な血栓傾向の原因としては、最も重要なもののひとつであると位置づけられるようになった。抗リン脂質抗体症候群は、関連する全身疾患をもたないprimary抗リン脂質抗体症候群と、SLEやその他の膠原病をともなうsecondary抗リン脂質抗体症候群に分けられる。
 抗リン脂質抗体と一言でいっても、その実体は単純ではない。従来は名前どおりリン脂質を認識する抗体であると思われてきたが、最近、病原性のある抗体の多くは、実はリン脂質そのものを認識する抗体ではなく、リン脂質に結合する血漿蛋白に対する抗体であるということが分かってきた。いちばん最初に発見された抗原は、β2-glycoproteinI(β2GPI)であり、当初はコファクターと称されたが、その後は事実上の抗カルジオリピン抗体の目標抗原ということでコンセンサスが得られている。次いで、プロトロンビンが報告された。これらは、カルジオリピンやフォスファチジルセリンなど、電気的陰性のリン脂質に対する抗体の対応抗原である。その後われわれは、中性のリン脂質であるフォスファチジルエタノールアミンに対する抗体も同様にリン脂質結合蛋白を認識することを発見し、それがキニノーゲンであることを同定した。このように、抗リン脂質抗体といっても実は全く異なる抗体の総称であり、共通点はリン脂質に結合する蛋白を認識するということだけである。したがって、それぞれの病原性は認識するリン脂質結合蛋白によって異なると考えられる。ちなみに、梅毒患者のもつ抗カルジオリピン抗体はカルジオリピンそのものを認識する抗体であり、血栓症などの病原性は報告されていない。

3.スクリーニング法
 抗リン脂質抗体の測定はその方法から分類すると、Lupus anticoagulant(LAC)とELISA法に分けられる。LACはin vitroの血液凝固時間の延長としてとらえられる。しかしながら、LACはin vivoでは出血傾向ではなく、血栓傾向を示す。長い間標準的なLACのスクリーニング法はaPTTであったが、感度がわるいために最近では希釈Russell viper venom time(dRVVT)やKaolin clotting time(KCT)なども行われている。しかしながら、LACとして検出される抗リン脂質抗体もその対応抗原によって種類があり、これらの各測定方法は、それぞれ異なる抗原(すなわちβ2GPIやプロトロンビン)を認識するLACを検出するという報告もあり、偽陽性をなくすためにはすべての方法を併用するのが望ましい。また、確認試験としては過剰のリン脂質を加えることによって中和されるかどうかを確かめる。以上のように、LACの測定系は新鮮な血漿を用いて凝固時間を測定するので、より生理的状態に近い測定法とはいえ、これによって見いだされた抗体はかなりの信頼性で血液凝固系に影響を与え得るといえるが、感度の問題や、血清では測定できないなどの問題もある。そこで、ELISA法が開発された。ELISA法は感度もよく、精製したリン脂質やリン脂質結合蛋白を使用することにより、より特異的な抗体のみを測定することも可能である。たとえば、抗カルジオリピン抗体なども、ELISA系に精製またはリコビナントのβ2GPIを加えることにより、β2GPI依存性の抗カルジオリピン抗体のみを測定することが可能である。
 現在当院(東海大学病院のこと)で測定している抗リン脂質抗体は14種類である(表1)。このなかで保険が適応されるのはMBL社の抗カルジオリピン抗体IgG(Mesacup)、dRVVTと、ヤマサ社の抗カルジオリピンーβ2GPI複合体抗体IgGのみである。MBL社のMesacupキットはβ2GPI以外のカルジオリピン結合蛋白を認識する抗体も検出でき、スクリーニングには適している。しかしながら、抗カルジオリピン抗体のなかでも病原性の指摘されているのはβ2GPIを認識するものであり、それを確認するヤマサのキットが適している。これらキットに共通する大きな欠点は、IgGしか測定できないことである。IgM、IgAの陽性率は無視できず、これらを測定しないということは多くの偽陽性を生むことになる。自費にはなるが、最低IgMの測定は必須と思われる。
 血栓症や妊娠後期子宮内胎児死亡のリスクがいちばん高いのは、抗カルジオリピンーβ2GPI複合体抗体と希釈ラッセル蛇毒時間(dRVVT)で測定したLACが両者とも陽性の場合であるといわれている。一般病院でわれわれと同様の多種類の抗リン脂質抗体のスクリーニングをするのは不可能であるので、最低この2種類の測定は押さえたいものである。dRVVTはMBL社よりキットが市販されており、一般病院の検査室で測定可能である。
 妊娠初期流産を繰り返すタイプの不育症患者は、オーソドックスな抗カルジオリピン抗体やLACが陽性のことは少なく、むしろ抗フォスファチジルエタノールアミン抗体(抗PE抗体)をもつことが多い。したがって、この抗体の測定も重要である。抗PE抗体IgGはSRL社で測定が可能である。
 流産、子宮内胎児死亡以外にも抗リン脂質抗体のスクリーニングを考慮すべき疾患は表2に示したとおりである。これらに該当する症例は、抗リン脂質抗体症候群の可能性を念頭において管理する必要がある。

4.抗リン脂質抗体の病原性
 抗リン脂質抗体は、その名前ほど単純ではない。リン脂質の種類もカルジオリピンだけではなく、抗カルジオリピン抗体の事実上の目標抗原もβ2GPIだけではない。また、β2GPIを認識する抗体ですら、さらにLAC活性をもつものともたないものに分けられ、これはβ2GPIを認識する抗体も一種類ではなく、β2GPI上の異なるエピトープを認識しているためと考えられる。抗リン脂質抗体症候群では、患者の病状と抗体価が相関しないことがしばしばあるが、それはこのように測定系がいまだ確立していないためと思われる。それでは、現時点では一般臨床医はどのように抗リン脂質抗体の病原性を評価すればよいのであろうか。もちろんβ2GPIを認識する抗体やLACが強陽性であった場合は子宮内胎児死亡や血栓症のもっとも有力な免疫学的予知因子であるが、SLE患者群では、抗リン脂質抗体の有無よりはむしろ過去の流産、子宮内胎児死亡の有無の方が次回妊娠の有力な予後予知因子である。また、流産歴のある抗リン脂質抗体陽性患者の次回妊娠不成功率は70〜80%であるのに対し、抗リン脂質抗体陽性正常女性の次回妊娠流産率はわずか16%であると報告されている。
 以上のように、残念ながら現時点では抗リン脂質抗体のみではその予後や病原性、治療方針を語ることはできない。既往歴が重要であり、過去の流産、子宮内胎児死亡だけでなく、妊娠中毒症、子宮内胎児発育遅延、早産なども考慮するべきである。また、不育症のなかでも妊娠初期流産を繰り返しているタイプと、中期以降の子宮内胎児死亡の既往のあるタイプは異なる症候群と考えるべきであろう。

5.治療
 いまだ不明な点の多い症候群であり、治療方法も定まってはいないが、治療の奏効性は約70〜80%と報告されている。とくにヘパリンが有効であり、スタンダードな治療法になりつつある。
 動脈血栓は血流が早い場所に形成され、主に血小板凝集塊とそれを結合する細かいフィブリン繊維からできている。動脈血栓症の予防と治療には抗凝固薬と抗血小板薬の両者が有効と考えられ、臨床試験においてそれらの有用性が証明されている。一方、静脈血栓は血流の遅い部位に形成され、おもに赤血球とそのあいだに散在する大量のフィブリンからなっており、血小板は比較的少ない。静脈血栓症の発生には血液凝固の活性化が必須であり、血小板活性化の重要度は低い。したがって、静脈血栓の予防と治療には当然、抗凝固薬が非常に有効で、抗血小板薬による利益は小さい。抗リン脂質抗体が胎盤に血栓を起こし、子宮内胎児死亡を惹き起こすと想定すると、後者の静脈血栓に相当し、アスピリンなどの抗血小板薬よりはヘパリンなどの抗凝固薬が有効であると考えられ、ヘパリンがスタンダードな治療法になりつつあるということは合理的である。
 最初の抗リン脂質抗体の治療法はステロイドによる免疫抑制療法であった。大量のプレドニゾロンが必要であるが、有効性が報告されている。ある報告によると、ヘパリン療法に匹敵するプレドニゾロンの量は40mg/日である。しかしながら、プレドニゾロンはヘパリンに比べて副作用が多いので注意が必要である。とくに、プレドニゾロンとヘパリンを同時に使用すると、おのおの単独で使った場合に比べて有益性に差がないにもかかわらず骨粗鬆症による骨折の危険が劇的に高まるので、併用するべきではない。また、プレドニゾロン療法は早産、低出生体重児、妊娠中毒症、妊娠糖尿病などの率が高くなると報告されている。とくに最近、自己抗体陽性の原因不明反復流産患者に対してプレドニゾロンと低用量アスピリン併用療法を施行したところ、妊娠成功率に差を認めなかったにもかかわらず早産、妊娠性高血圧、糖尿病などの副作用が治療群で有意に多かったという報告があり、注目されている。抗リン脂質抗体だけでなく、抗核抗体などの病原性の確認されていない自己抗体が陽性というだけでアスピリンやプレドニゾロンを処方する臨床医を最近多く見かけるが、根拠のない治療をしてもなんの効果もないうえに、副作用も報告されたとなると、このような安易な治療は厳重に慎まなければならない。
 抗リン脂質抗体陽性患者における妊娠中の低用量アスピリン療法の役割は依然として不明である。たしかにその抗血小板作用は動脈血栓を予防するかもしれないが、妊娠中における低用量アスピリン療法が不育症に対して臨床的に有効かというデータはほとんどない。ある報告によると、アスピリン単独療法を受けた不育症群の生児獲得率は44%であったのに対し、ヘパリンとアスピリンの併用療法群では78%であった。この報告には無治療対照群がないため、44%という数字が効果ありといえるかは不明である。しかしながら、アスピリンは患者と胎児に比較的危険が少ないので依然としてひろく処方されているのが現実である。アスピリンを妊娠初期に投与する場合は、小児用バファリンを1日1錠(81mg)排卵日の頃より開始し、妊娠中をとおして35週頃まで投与するのが一般的である。
 ヘパリン療法の有効性は多く報告されており、抗リン脂質抗体症候群の不育症の治療としてはスタンダードになりつつある。また、最近は低分子ヘパリンの使用例も多く報告され、海外では低分子ヘパリンがスタンダードな治療法になりつつある。今年になって、妊娠中の低分子ヘパリンの安全性が総説としてまとめられたが、なぜか日本では低分子ヘパリンの妊娠中の投与は禁忌であり、境の流れに逆行した決定に首を傾げざるを得ない。へパリンがなぜ不育症に有効なのかはいまだ不明な点も多いが、抗凝固活性以下の用量で有効なことから、その抗凝固作用よりは、陰性荷電を介する作用など別の作用機序も示唆されている。ヘパリンの投与方法としては、ほとんどの海外の報告が5,000単位を12時間ごとに皮下注となっているが、われわれはその半分の2,500単位を1日2回皮下注射している。現在日本では皮下注用ヘパリンは三井製薬のカプロシンだけであるが、カプロシン皮下注用は20,000単位/0,8mlであるので、1回わずか0.1mlですむ。ヘパリン投与開始時期は妊娠反応で妊娠確認出来次第であるが、過去の流産歴が妊娠6週以降の場合はまず低用量アスピリン療法を行い、超音波検査で子宮外妊娠を否定した後、ヘパリンを開始するべきという意見もある。ヘパリンは妊娠をとおして投与し、分娩の1日前には中止する。もし緊急帝王切開など、ヘパリン投与中に分娩の必要がある場合、硫酸プロタミン(ヘパリン1,000単位に対し2.5mg)を希釈して10分以上かけて静注し、中和する(50mgを超えてはならない)ことが可能である。ヘパリンの副作用としては骨粗鬆症が重要である。平均して骨密度は1ヶ月で1%失われるといわれている。ヘパリン投与量が15,000単位/日を超した場合は炭酸カルシウム1.5g/日を投与するべきである。ヘパリンのもうひとつの重要な副作用はヘパリン惹起性血小板減少症であるが、その頻度は1%未満であると報告されている。
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APSにおける母児相関
第51回日本産科婦人科学会学術講演会 シンポジウム報告

シンポジウム2 母児間免疫応答の異常

「抗リン脂質抗体症候群における母児相関 〜免疫学的血液凝固異常を中心に〜」

演者  東海大学医学部産婦人科学教室  杉 俊隆

*青字は私自身が特に重要と感じた部分です。


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 以前よりSLEをはじめとする自己免疫疾患の中に不育症が数多く含まれることが知られ、母体の免疫能の異常が着床や妊娠維持に障害を起こす可能性が指摘されてきた。最近になって、それが抗リン脂質抗体という自己抗体によって惹き起こされるという説が注目されるようになり、抗リン脂質抗体と関連する不育症、反復血栓症、血小板減少症をまとめて抗リン脂質抗体症候群と称し、広く認知されるようになった。不育症とならんで血栓、止血関係の疾患がその症候群の診断基準案に列挙されたということは、不育症の病因として免疫だけではなく、免疫・血液学的機序が存在する可能性が示唆されたことになる。

 抗リン脂質抗体の中でも抗カルジオリピン抗体やループスアンチコアグラントなどの陰性荷電のリン脂質に対する抗体の目標抗原はリン脂質そのものではなく、リン脂質に結合したβ2-glycoprotein I (β2GPI )やプロトロンビンであることが最近解明された。しかしながら、それ以外の未知の抗リン脂質抗体も多く存在すると推察されている。血栓と関係の深い血小板や血管内皮細胞の細胞膜外層には、陰性荷電のリン脂質はほとんどなく、電気的中性のリン脂質が多くを占めており、無視することはできない。そこで本研究では、電気的中性のリン脂質であるフォスファチジルエタノールアミン(PE)に対する抗体に注目して研究を進めてきたが、抗PE抗体の多くもまた、抗カルジオリピン抗体と同様リン脂質そのものを認識するのではなく、PEに結合する蛋白を認識すること、そしてその蛋白はキニノーゲンであると言うことを内外で初めて解明し発表した。

 キニノーゲンは内因系血液凝固因子の一つであり、凝固線溶にきわめて重要な役割をもつだけではなく、女性生殖器に非常に高濃度で存在し、ブラジキニンを放出することにより、カリクレイン-キニン系を介して妊娠分娩に重要な役割を持つ可能性が示唆されている。したがって、キニノーゲンを認識する抗リン脂質抗体が不育症の原因になるという仮説は十分有り得る。さらに、最近では同じカリクレイン-キニン系に属する血液凝固第12因子の欠乏も抗リン脂質抗体とならんで不育症の重要な原因の一つとして報告されており、カリクレイン-キニン系の破綻という新しい不育症の原因が明らかになりつつある。

 

抗リン脂質抗体とは

 抗リン脂質抗体とはリン脂質に対する自己抗体であり、具体的には電気的陰性のリン脂質(カルジオリピン、フォスファチジルセリン、フォスファチジルグリセロール、フォスファチジルイノシトール、フォスファチジン酸など)や、電気的中性のリン脂質(フォスファチジルエタノールアミン、フォスファチジルコリン)に対する抗体である。しかしながら、従来は名前どおりリン脂質を認識する抗体であると思われてきたが、最近、その多くは、実はリン脂質そのものを認識する抗体ではなく、リン脂質に結合する血漿蛋白に対する抗体であるということが分かってきた。一番最初に発見された抗原は、β2GPIであり、当初はコファクターと称されたが、その後は事実上の抗カルジオリピン抗体の目標抗原ということでコンセンサスが得られている。次いで、ループスアンチコアグラントの目標抗原としてプロトロンビンが報告された。これらは、カルジオリピンやフォスファチジルセリンなど、電気的陰性のリン脂質に対する抗体の対応抗原である。その後我々は、中性のリン脂質であるフォスファチジルエタノールアミン(PE)に対する抗体も同様にリン脂質結合蛋白を認識することを発見し、それがキニノーゲンであることを同定した。このように、抗リン脂質抗体といっても実は全く異なる抗体の総称であり、共通点はリン脂質に結合する蛋白を認識するということだけである。したがって、それぞれの病原性およびその機序は目標抗原によって異なると考えられる(表1)。

 表1 抗リン脂質抗体の対抗抗原

   ・β2ーグリコプロテイン I
   ・プロトロンビン
   ・キニノーゲン
   ・プロテイン C (?)
   ・プロテイン S (?)
   ・トロンボモジュリン (?)
   ・アネキシン (?)
   ・酸化LDL (?)
   ・トロンボキサン A2 (?)

 近年、抗リン脂質抗体と不育症、反復血栓症、血小板減少症との関係は広く知られており、注目を浴びている。特に、後天的な血栓傾向の原因としては、最も重要なものの一つであると位置付けられるようになった。抗リン脂質抗体症候群は、関連する全身疾患をもたないprimary抗リン脂質抗体症候群と、SLEやその他の膠原病を伴うsecondary抗リン脂質抗体症候群に分けられる。抗リン脂質抗体症候群に関連する合併症には、静脈血栓、動脈血栓、流早産、血小板減少が代表的である。妊娠に関しては、妊娠中期以降の子宮内胎児死亡がもっとも抗リン脂質抗体に特異的である。胎盤の血栓が原因と言われているが、因果関係は未だ不明である。また、妊娠初期の反復流産も抗リン脂質抗体と関係している。

 抗リン脂質抗体は当初、梅毒血清反応の生物学的偽陽性として検出された。ワッセルマン反応において、抗原としてカルジオリピンを用いていたため、陽性というのはすなわち抗カルジオリピン抗体を意味していた訳である。このような歴史的な流れより、今でも抗リン脂質抗体といえばカルジオリピンやフォスファチジルセリンなど陰性荷電のリン脂質に対する抗体を指す事が多い。しかしながら、カルジオリピンは心臓のミトコンドリア膜に存在し、血小板や血管内皮細胞の細胞膜には存在しない。さらに、血管内皮細胞や血小板などの細胞膜外層には、restingな状態ではフォスファチジルセリンなどの陰性荷電のリン脂質はほとんど存在せず、活性化してはじめて出現する。したがってrestingな血小板にはβ2GPIも結合できず、それを認識する抗体が血小板を刺激して活性化、凝集させ、血栓を惹き起こすという仮説には多少無理がある。一方、中性のリン脂質であるPEやフォスファチジルコリンは、常に細胞膜外層に存在し、その主要構成成分である。したがって、それらを認識する抗体を無視することはできない。にもかかわらず、中性リン脂質に対する抗体に関する報告は比較的少ない。その理由は、多くの施設でそれらの抗体の測定をしていないという事と、していたとしても、不適切な測定法による偽陰性のため頻度が少ないと誤解されているためと思われる。
 
そこで、我々は抗PE抗体に焦点をあてて研究を進めてきた。

 

新しい抗リン脂質抗体の特異性

 我々は既に抗PE抗体の多くがPEそのものではなく、PEに結合した血漿蛋白を認識すること、その血漿蛋白はキニノーゲンおよびその結合蛋白である11因子とプレカリクレインであることを報告した(図1)。抗PE抗体はキニノーゲンを単独では認識せず、PEに結合したキニノーゲンのみを認識した。このことより、キニノーゲンがPEに結合すると特異的な立体構造の変化が生じ、新しいエピトープが出現し、それを抗PE抗体が認識することが示唆された。また、キニノーゲンはPE以外のリン脂質(カルジオリピン、フォスファチジルセリン、フォスファチジルコリン)にも結合したが、他のリン脂質に結合した場合、抗PE抗体はキニノーゲンを認識しなかった。これは、PEのみが特異的な立体構造の変化をキニノーゲンに惹き起こし、抗PE抗体が認識するエピトープを出現させると考えられる。

図1. 抗PE抗体の目標抗原

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 キニノーゲンのうち高分子キニノーゲンは血液凝固因子であり、活性化すると立体構造変化のため抗原性が変わってしまう。また、一般によくELISAに用いられるウシ胎児血清にはキニノーゲンは大人の半分以下しか含まれていない。さらに、これらのウシ血清は培養用に売られている事が多く、フィルターを通してある事が多いが、その操作により、キニノーゲンをはじめとするcontact activationに関わる血液凝固因子はかなり除去される可能性がある。以上の理由で従来のウシ血清を用いたELISA法では、結果はウシ血清の品質に左右され、正しい結果が得られないことが多い。我々は血清の変わりに血漿を用いることによってintactのキニノーゲンをELISAの系に加え、安定したデータを得ている。また、陽性にでた抗体はさらに精製したキニノーゲンを用いて対応抗原の確認を行っている。

 このように、抗PE抗体の対応抗原がキニノーゲンであるということが解明されたために、安定した抗PE抗体ELISAが確立でき、それを用いて不育症患者に対して抗PE抗体のスクリーニングを施行した。その結果、初期流産(妊娠10週未満)を繰り返す不育症群の抗PE抗体陽性率は正常群と比較して有意に多く(p=0.0002)、PE結合蛋白を認識する抗PE抗体、PEそのものを認識する抗PE抗体あわせて31.7%となった(表2、3)。また、精製したキニノーゲンを用いてPE結合蛋白を認識する抗PE抗体の対応抗原を検討したところ、73.3%がPEに結合したキニノーゲンを認識した。

表2.妊娠初期反復流産患者における抗PE抗体

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表3.妊娠初期反復流産患者における抗PE抗体IgG

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 これに対して、従来より検査されている陰性荷電のリン脂質に対する抗体である抗カルジオリピン抗体、抗フォスファチジルセリン抗体、ループスアンチコアグラントなどを初期流産(妊娠10週未満)を繰り返す不育症群に対してスクリーニングしたところ、正常群と比較して陽性率に差を認めなかった。

 

新しい抗リン脂質抗体の病原性

 キニノーゲンは血液凝固反応のうち内因系に属する凝固因子であり、高分子キニノーゲン、プレカリクレイン、第11因子、第12因子の4つの蛋白をcontact proteinという。この4つの蛋白が陰性荷電の表面に集合し、内因系の血液凝固反応が開始される。しかしながら、in vitroではこれらの蛋白が欠損しているとaPTTは延長するが、in vivoではこれらの蛋白は抗凝固、線溶促進作用があり、欠損すると出血傾向ではなく血栓の原因となり得ることがわかってきた。たとえば血小板に対しては、キニノーゲンは血小板に結合してそのトロンビンによる活性化、凝集を抑制していることがわかっている。その血小板活性化を抑制する活性はキニノーゲンのドメイン2と3にある。我々は、キニノーゲンを認識する抗PE抗体が血小板上のキニノーゲンを認識することにより、キニノーゲンの血小板活性化抑制作用を阻害し、血栓の原因になるのではないかと考え、in vitroで血小板凝集能にて検討した。その結果、キニノーゲンを認識する抗PE抗体は、キニノーゲンを認識しない抗PE抗体と比較して著明にトロンビン惹起性血小板凝集能を亢進させた。

 以上の結果より、抗PE抗体はキニノーゲン、ドメイン2、3を認識する可能性が示唆されたので、合成ペプチドを作成してmappingを施行したところ、この抗体はキニノーゲン、ドメイン2、3に存在するcystein protease inhibitor部位(QVVAG)や、ドメイン3のCys333-Cys352を認識する事が明らかとなった。QVVAGは血小板のcalpainを阻害し、トロンビン惹起性血小板凝集能を抑制する部位として知られている。このことより、キニノーゲン依存性抗PE抗体陽性の不育症患者には、抗血小板療法である低用量アスピリン療法が有効である可能性が示唆された。また、不育症患者に対して血小板凝集能のスクリーニングを行った結果、正常群と比較して血小板凝集能がin vivoでも有意に(p=0.0001)亢進していることが確認された。

 不育症群と正常群で抗核抗体をスクリーニングしたところ、正常群では13%、不育症群では22.3%、抗PE抗体陽性不育症群では35.7%が陽性(≧80×)であり、抗リン脂質抗体が陽性の患者は抗核抗体陽性率が高かった(図2)。しかしながら、正常群でも13%に陽性にでているので、抗核抗体が陽性と言うだけで安易に抗リン脂質抗体症候群に準じた治療をするのは、疑問である。また、フローサイトメーターを用いて末梢血リンパ球の表面マーカーを検討したところ、抗PE抗体陽性不育症は正常群、原因不明不育症群と比較して活性化T細胞(CD4+DR+、CD8+DR+)が多い傾向にあった。これらのことより、抗PE抗体陽性患者は全身性に免疫のバランスが崩れていると考えられ、流産の結果として誘導されたというよりは、自己免疫疾患の一つとして誘導され、流産の原因となっていると考えたほうが説得力がある。抗PE抗体がキニノーゲンの抗血栓活性のある部位を認識するという我々のデータもこの仮説を支持している。

図2.不育症患者における抗核抗体

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カリクレイン-キニン系と生殖

 キニノーゲンは、血液凝固反応の内因系の一員であるだけでなく、カリクレインーキニン系においてキニンを放出する重要な蛋白でもある。カリクレイン-キニン系を概説すると、活性化第12因子がプレカリクレインをカリクレインにし、カリクレインはキニノーゲンを切断してブラジキニンを放出させる。ブラジキニンは血管内皮細胞を刺激して組織プラスミノーゲンアクチベーター(tPA)を分泌させ(図3)、線溶系を活性化させるとともに(図4)、胎盤血流の調節に関与している。最近になって、キニノーゲンは子宮胎盤ユニットに高濃度に蓄積しており、妊娠中に周期的に変動していること、カリクレイン-キニン系は種々の物質や代謝産物の経胎盤輸送や胎盤血流の調節に関与していることなどが相次いで報告され、その妊娠維持における重要性が注目されている。したがって、我々が発見したキニノーゲンを認識する抗PE抗体が流産の原因になるという仮説は、非常に合理的であると考えられる。

図3.カリクレインーキニン系




図4.線溶系

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カリクレイン-キニン系の破綻と不育症

 我々はすでにカリクレイン-キニン系の蛋白の一員であるキニノーゲンまたはキニノーゲンの結合蛋白である第11因子とプレカリクレインを認識する抗リン脂質抗体が、初期流産を繰り返す不育症に多いことを報告した。そこで、不育症患者においてカリクレイン-キニン系関連蛋白を中心とした血液凝固系のスクリーニングを施行したところ、抗リン脂質抗体症候群とならんで、第12因子活性低下が2大要因として挙げられた。抗リン脂質抗体の多くはキニノーゲンを認識する抗PE抗体であったので、結局は両方ともキニノーゲン-キニン系に関する要因であった。両者に共通であったのは、妊娠初期(10週未満)に流産を繰り返すということであり、妊娠中期以降の子宮内胎児死亡が特徴的な抗カルジオリピン抗体やループスアンチコアグラント陽性例とは異なる。

 Grisらは、原因不明反復初期流産患者に対して第12因子の定量をスクリーニングしたところ、9.4%の患者に第12因子欠乏があると報告した。同様に我々も反復流産患者171名に対して第12因子の活性を検討したところ、15.8%に活性低下(60%未満)がみられた。またGallimoreらは抗リン脂質抗体陽性患者のうち20.9%に第12因子欠乏があると報告した。それらの患者の中には第12因子を認識する抗体が高頻度に見い出され、自己抗体を介する第12因子欠乏という可能性が示唆された。我々の検討でも、第12因子活性低下例の37.0%は抗リン脂質抗体陽性であった。

 

新しい抗リン脂質抗体症候群

 従来、抗リン脂質抗体に関する研究のほとんどは抗カルジオリピン抗体に関するものであった。しかしながら、それは単に歴史的に梅毒血清反応にカルジオリピンが用いられていたために、伝統としてカルジオリピンが注目されていたにすぎず、その血栓、流産との因果関係、病原性もいまだ解明されるに至っていない。

 本研究では中性のリン脂質であるPEに注目し、抗PE抗体の事実上の目標抗原としてキニノーゲンを内外で初めて特定した。これは、抗リン脂質抗体の目標抗原としては、抗カルジオリピン抗体のβ2GPI 、ループスアンチコアグラントのプロトロンビンに次いで3番目に発見されたものである。さらに、妊娠初期反復流産と抗PE抗体との非常に強い相関関係が示され、キニノーゲンを認識する抗PE抗体の血小板に対する病原性もin vitroで証明され、低用量アスピリン療法という具体的な治療法も示唆された。キニノーゲンは血液凝固因子であるが、欠損すると血栓症になることが知られている。女性生殖器に豊富に存在し、妊娠維持や分娩に関与することが指摘されており、凝固、線溶のみならず、カリクレイン-キニン系の一員として生殖にも非常に重要な役割を果たしている。また、キニノーゲンと同様カリクレイン-キニン系の一員である第12因子の欠乏という新しい不育症の要因も解明された。この第12因子欠乏もまた抗リン脂質抗体との関係が報告され、キニノーゲンを認識する抗PE抗体と同様、第12因子を認識する抗体の存在が報告されている。これらはいずれもカリクレイン-キニン系蛋白を認識し、破綻させることにより流産を惹き起こす原因としてまとめることができる。その特徴は、妊娠初期流産を惹き起こすことである。

 いままで原因不明不育症は約40%にのぼると言われているが、この新しい症候群はあわせて20-30%にのぼると考えられ、原因不明不育症の多くが説明可能になると期待される。また従来は原因不明例に夫リンパ球を用いた免疫療法などが行われていたが、このことにより免疫療法の適応がさらに適切になることが期待される。

共同研究者

内田能安、勝沼潤子、善方菊夫、松林秀彦、鈴木隆弘、和泉俊一郎、岩崎克彦、牧野恒久、John A. McIntyre (Methodist Hospital of Indiana, USA)
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